ツバメの谷

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ツバメの谷

船乗りが船を失う。2作目は陸の物語となりました
あらすじ

For Titty and himself, Swallow was something alive.*4

ブローズの冬」の物語を諦めたランサムは1931年1月3日に湖を舞台にした作品に取りかかります。これは仮題を「難破したツバメ達(Shipwrecked Swallows)」もしくは「ツバメ渓谷のキャンプ(The Camp in Swallowdale)」と言い、難船の場面から始まる陸地での冒険物語でした。1931年2月の終わりまでに草稿は半ばまで出来上がり、4月に挿絵画家Clifford Webbがスケッチのためにウィンダミア湖とコニストン湖へやってきたときには、すでに初稿はほとんどできあがっていました。7月の終わりに完成したこの2作目を出版社は1作目より気に入り、その年のクリスマスに合わせて出版されました。

the swallow


二人の自分

本を開くと物語はいつも「そこ」で始まっています。そして本を閉じるとき、幸福な雰囲気のなか、「そこ」で物語は終わっています。

でも子ども達はどこから「そこ」へやってくるのでしょう、そして休暇が終わるとどこへ帰っていくのでしょう。夏の子ども達(夏ばかりではありませんが)を描いた作品と承知はしていても、子ども達のもうひとつの生活を知りたく思う気持ちは抑え難いのですが、ランサムはこれについてはほとんど記していません。

ABとしてツバメ号に乗り組んでいる自分こそが真の自分であると思っていても、去年、夏が終わって湖を去った日からの街と学校での長い時間は存在しなかったわけではありません*1。夏が終わればもうひとつの生活へ、学校へ帰っていくのはアマゾン海賊もおなじこと、ペギーが言う「休暇がおわったら私たち学校へ戻るのよ」*2でわかるように、彼らはいずれも寄宿学校(ボーディング・スクール、Boarding School、それも共学でない)でもうひとつの生活を送っています。

寮での生活、級友、ラテン語(!)の授業そしてラグビーやフットボール、中上流家庭の子弟があつまるそうした学校での生活はどのようなものだったのか実に興味がありますし、親元を離れた寄宿生活はかれらの性格や人生の選択にも大きな影響を与えていたに違いありません。しかし物語を読むかぎり、そこに「夏の子ども達」は生き生きと描かれるものの、「フランス語文法のおしまいの2ページにヤマネコ島と灯台の木を描いてしまう」女の子は登場していないのが少し残念なのですが、これは無い物ねだりと言うべきかもしれません


ロジャは立っていた?



ツバメ渓谷へキャンプを移した翌朝、メアリー・スウェンソンが牛乳とライス・プディングをもってキャンプを訪問します。谷の斜面がすべり降りるのに使えることを教えられたロジャはさっそく試してみて、ズボンを破いてしまいますが、それをメアリーが繕う場面が続きます。

ランサムはこの場面を挿絵「Darning Roger」と題して描いています。陽当たりの良さそうな窓の下、ベンチに座ったメアリーの膝にうつぶせになり、ロジャが半ズボン(ニッカボッカ)を繕ってもらっています *3。足をバタバタさせているような、でも諦めておとなしくしているような、なにやら愉快な構図ですが、1936年出版のウェブによる挿絵はまったく同じページ、同じ名前ながらロジャはメアリーの前で背中(お尻)を向けて立っています。

ニッカボッカの繕い(部分)

さて、ランサム版のフロント・ピースはティティとロジャが洞窟の入口をのぞき込んでいる場面ですが、ウェブ版では「あの二人がアマゾン海賊のはずないわ(Those can't be the Amazon pirates)」です。森から見おろすと道路には馬車が一台、後部座席にはご婦人が二人。ご婦人と向かい合い、御者に背を向けて、帽子をかぶった少女が座っていますが、二人の手はお行儀良く(!)膝の上に置かれています。

ランサムは挿絵の構図の多くをウェブ版から借用していますし、それは前の版に従ったということなのでしょうが、ランサムの描き方は、広角レンズで撮ったみたいと言ったらいいのか、比較的視野が広く遠景に感じられます。それに比べて、ウェブの絵はもっとズームで寄っているような印象です。また、上記の「あの二人がアマゾン海賊のはずないわ」をはじめランサムが割愛した場面も多々あり、それらは次のものです。(第1作の挿絵については「挿絵のこと」を参照)。

  1. RAISING THE SWALLOW (p.87)
    ツバメ号を引き上げる場面。船に寄り添うジョンとスーザン、岸ではロジャとティティ(?)がロープを引っ張っている
  2. SWALLOWDALE (p.159)
    ツバメ渓谷全景
  3. "UP SHE RAISES!" (p.177)
    ツバメ渓谷の急な斜面で荷を引き上げている場面
  4. BULDING THE DAM (p.191)
    渓流をせき止めるダムを造っているところ
  5. MARY SWAINSON (p.193)
    ツバメ渓谷を見おろすメアリー。ツバメが2羽飛んでいる
  6. WORKING ON THE MAST (p.255)
    馬蹄湾でジョンが一人マストを削っている
  7. BATHERING PINE-CONES (p.277)
    パタランに使う松ぼっくりを集めているところ
  8. THE INVADER (p.451)
    キャンプをヤマネコ島に移してくれたフリント船長が木にもたれて昼寝をしている。子ども達が襲撃をかける直前の場面

これをみると、ツバメ渓谷の所在とその様子を描いたものの何枚かが抜け落ちていることが分かりますし、それは渓谷の場所を明らかにすまいとしているからかも知れません。それはともかく、ワンピースを着て袖をまくったメアリーの姿は、他の挿絵と比べると異質ですし、これほど人物をはっきり描いた挿絵というのは確かにランサム風ではありません。

ジョンのプラン



1作目で無謀な夜間航海をしてほとんど「DUFFER」であったジョンですが、この作品では彼は休暇三日目にして自分の判断ミスと操船の不手際から「ツバメ号」を失ってしまいます。ヨット乗りならだれでも船をぶつけたり、ひっくり返したり(「沈」と言いますが)するものですが、この場合ジョン船長の自信過剰と判断の甘さは、ツバメ号の特性と相まって状況をいっそう困難なものとしたといえます。

その朝、風は北東、ヤマネコ島から馬蹄湾までは真後ろからの追い風。アマゾン達はポート・タック(風を左から受ける)で斜め後ろから風を受け、ベックフットから一直線にそこまで帆走していき、湾の入口で上手にジャイブ(船を風下に向け追手となり、さらに下に向けて今度は反対側に帆を張り出して、コースを変えること)して湾に入っていきました。

ツバメ号とアマゾン号のルート

あとでフリント船長に打ち明けているように、ジョンはリーフ(絞帆)すべきでした。また強風下でのランニング(後ろから風を受けて)のコースを避け、斜め後ろから風を受けるコースを取り、途中で注意深くジャイブをして湾の入口に向かうべきでした。でもアマゾン号がフル・セイルで帆走していったのを見た後ではジョン船長としては、それは出来なかったのでしょう。

ジョンはスターボード・タック(風を右から受ける)のランニングで出帆し、強風の中でのジャイブを覚悟していましたが、いざ湖へ出てみるとその風の強さは予想を超えていました。加えて山の湖特有の風の振れがさらにランニングの帆走を難しくしました。それでジョンは出来ることならジャイブをしないでスターボード・タックのまま何とか湾まで頑張ろうとしたのです。それはぎりぎりまで風下に船を向けた航海、一枚帆のディンギーにとって一番危険な真後ろからの風を受けての航海となりました。


ランニング



ツバメ号の難船はいくつかの要因が重なって起こりましたが、その一部は素敵な古いディンギーが抱える特性でもありました。

ヨットが風を受けて一番傾く(ヒール)のはもちろん風に向かって切り上がっているとき(クローズホールド)です。でもこのヒールはメイン・シートをゆるめて風を逃がしてやれば済むことですし、クローズ・ホールドで「沈」をするなどということはありません。強風下のクローズ・ホールドの帆走は、随分と風下に傾いて危なっかしく見えるかも知れませんが、本当にデリケートな操船が求められるのはむしろ風を後ろから受けるとき(ランニング)です。

ジョンがやったようにスターボード・タックで(風を右側から受けて)完全な追手(ランニング)で帆走しているとしましょう(これは危険でもあり、スピードも遅いのであまりやらないことですが)。

追手の帆走

図に見るようにセールはいっぱいに横に張り出されます。当然風の力が加わる力点は船の中心から一番離れることになり、横方向の安定を危うくしますし、この横からの力は船を風上側(右)へ切り上がらせようとすることもあります。

真後ろから風を受けていますので、すこしでも操船を誤って船をさらに風下(左)に向けたり、あるいは風が下にまわったりすれば、風下側に張り出されているべきセールが風上側に位置することになります。つまりセールは裏風を受けて一気に反対側(右)へ移動します。これが「アクシデンタル・ジャイブ」です。そのモーメントは大きく、船の横方向のバランスは崩れ、さらに風上(今度は左)へ急激に切り上がって傾き、「沈」ということになります。

ツバメ号で厄介なのは、一枚帆でマストが船の最前部に立っていることです。そのため風の力点と船の中心が大きくずれ、ランニングの時には船首(バウ)が沈み、船尾(スターン)が浮く、いわばつんのめった格好になります。ジョンは出港してすぐにロジャとティティの二人をできるだけ後ろに寄せますが、それでも舵が水から出てしまい一層操船を難しくしています。さらに山の中の湖面を吹く風は、海でのようにその方向が一定していないおらず、その振れは予測しがたいだろうと思われます。

こうした要因が重なって、ツバメ号は突然のジャイブに襲われ、切り上がって風上側の岩にバウの左側を激しくぶつけます。サイド・ステイがなく、マストがスオートでしか支持されていないツバメ号では、その衝撃は全てマストホールにかかり、マストはそこから折れてしまいます。たとえ岩がなくても「沈」は免れなかったでしょう。

the swallow



今のディンギーのレースにおいては「沈」は極論すればレースの中の一部、ディンギー乗りはいかに上手に「沈」をするかそしてどれだけ早く帆走を再開するかの練習もしますが、ランサムの時代そういうわけにはいきませんでした。

船に浮力袋はありませんし、誰も「ライフ・ジャケット」なんか着ていません。「沈」すなわち「沈没」です。アルトゥニアン家の子どもたちは洋服を着たままで泳げるようになるまで、船の中で立ち上がることをきつく禁じられていたそうです。もっともタキの記憶では、ロジャは全然泳げなかったし、平気で船から船へ飛び移ったそうですが。

この難船はジョンにとって一生忘れない苦い経験でしたが、でもこうして一人前の船乗りに成長していくのですね。そうした経験はやがて7作目「海へ出るつもりじゃなかった」のなかで存分に生かされています。





*1 Ransome, Arthur, Swallowdale. p.20 (Cape, 1931)
*2 Ransome, Arthur, Swallows and Amazons. p.368 (Cape, 1930)
*3 Ransome, Arthur, Swallowdale. p.199 (Cape, 1936)
*4 Ransome, Arthur, Swallowdale. p.81 (Cape, 1931)

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