製作にあたり必要なもの
木造艇を作る前に
場所捜し
カヤックなりディンギーなりを造ろうとしてまず直面するのが場所の確保でしょう。どうしても「船の全長+前後左右のゆとり」が必要になります。ファイバー・グラッシング作業を考えると、前後よりも船の左右に作業スペースがあった方が良いようです。S&G工法では船自体の製作に水平が確保された堅固な船台は必須ではありませんが、合板を船の長さに接ぐために長い平な場所が必要になります。候補を挙げてみると、
- 専用工房:これが理想、空調、集塵設備があればなお結構
- リビング・ルーム:外国の方で薄型テレビのすぐ脇で製作している写真を見たことがある(奥方の同意があれば)。「ある日突然私のキッチンに船が置いてあった」というInstagram投稿も知っている。
- 車庫:囲われていれば雨風を防げる
- カーポート:屋根があれば雨は防げる
- 庭:タープをはるあるいは、ブルーシートを掛けておけば雨はしのげる
まぁ置かれた状況次第でなんとでもなると思われますし、知人お二人はまず造船所を作るとおっしゃっている。しかし、考慮しておくべきことがいくつかあります。
- 温度:エポキシの硬化率は温度に依存し10℃変化すると硬化時間が2倍(あるいは1/2)になりますから、作業場所の温度に注意を払う必要があります。真夏に作業しようとするとエポキシのオープン・タイムが短くなりすぎますので遅い硬化剤を使う必要がありますし、逆に真冬の屋外では(最悪)いつまで経ってもエポキシが硬化しないでしょう。このため製作場所は、屋内で温度管理が出来る所の方が良いと言えます。「エポキシは熱を好むから作業場所の温度を華氏70°(21℃)に維持すべき」という方もいらっしゃる。気温が低いときには、船を厚手のビニールシートで囲い電気毛布で暖め、エポキシも保温しておくと言った手間が必要になるでしょう。
- ダスト対策:木部やエポキシをサンダーで研磨する時には(吸い込みたくない)かなりのダストが舞いますから、近隣にも自分の健康にも対処が必要です。(あれば)集塵機に繋ぐ、風の強い日を選んで作業する(?)、防塵マスクを着用するなど気を配る必要があります。
- 騒音:サンダーなど電動工具の騒音は長時間になれば結構ご近所迷惑になるでしょうし、耳栓も欠かせないでしょう。
- もう一つ大事な要件として、造った船を出せる窓なりドアがあること(笑)。CLCのサイトにはキチンと「この船ならこのサイズの窓が必要」って書いてあります。さもないと私のように工房の壁を壊すことになる。A. C. クラークはセレンディップの自宅地下室で潜水艦を作っていたそうですが、あれはどうやって出したのだろう?
プロのボート・ビルダーではありませんから、アマチュアらしく『あるものでなんとかする』という姿勢で臨めば良いのだと思います。
材料調達
木造カヤック/ディンギー自作で使われる材料は基本的には
- 外殻として船の形を形成する合板(プライウッド)
- 木製船殻の防水と補強の役を果たすエポキシ
だけといっても過言ではありません。
〇合板(マリン合板についての記事は別ページを参照)
『木造艇にはマリン合板を使うべし』とはどの参考書、サイトを見ても出てくる台詞です。
しかしながら、このマリン合板は国内での入手は近年ほとんど不可能と言えるようです。そこで次善の策として考えられるのは、外装材として使われるロシアン・バーチ合板です。4mm合板から入手が可能ですが、表材がマリン合板並みに厚いものの比重0.70と重く、柔軟性は高くありません。国内輸入業者ではこの合板を「マリン用合板」の名称で販売していますが、「重く曲げにくい」ことからマリン合板と同じと考えるべきではないと思われます。
次に候補として挙げられるのはJASによる一類/Type1のラワンあるいはシナ合板でしょう。多少重く柔軟性に欠けることを承知の上で、はたしてこれら合板は使えるかと言えば、以下の条件で答えはYesだと思われます。
- カヤック/ディンギーのような小型艇ならばいつも海に浮かべておくわけではなし船の乾燥に注意すれば耐久性は確保できるでしょう
- 圧力がかかればどんなピンホールからも浸水するでしょうから、製作と艤装過程ではエポキシによる防水加工には十分な注意を払う必要があるでしょう
- 心材が厚く曲げにくいため薄手の合板を使いたくなりますが、その時には堅牢性を確保するためにハルの内外両面をファイバー・グラッシングするなどの工夫が必要でしょう
- Okoumeマリン合板の持つ色味や肌理を求めても無理ですから、木肌の着色やペイントに工夫する必要があるかも知れません
- BS1088に比べれば緩いJAS規格ですので、心材に抜け(void)がない良質な合板を選ぶ必要があるでしょう
こうした木造艇材料としての合板についてはOne Ocean Kayaksサイト内の合板比較記事が一番現実的だと思われます。
〇エポキシ
合板製船体を水から遮断し、かつ(構造的にまたモノコック構造として)船体強度を高めるのがエポキシの効果です。こうした''木/エポキシ複合材''によりFRP製船体よりも軽く堅固な船体を作ることができます。
FRP艇に使われるポリエステル樹脂でエポキシの代用はできないのかと考えたくなりますが、エポキシは「半分の厚みで2倍の対衝撃強度を持つ」そうですし、なによりエポキシは木との相性が良く、木に対して(ポリエステル樹脂よりもずっと)強い接着強度を持つそうです。またポリエステル樹脂の持つ強い臭いはありませんし有機溶剤で希釈することはないため、その点でも使いやすいと言えるでしょう(蒸散が皆無とは言えませんから、防毒マスクの着用が勧められます)。
エポキシの欠点と言えば、混合比に敏感であること、硬化時間が比較的長いこと、そしてポリエステル樹脂より価格が高いことでしょう。そこで、木造艇製作に特化したマリン・エポキシとして販売されている海外製品、たとえば
- West System
- MAS Epoxy
- System Three Epoxy
以外の国内で調達可能な低粘度エポキシ(接着剤)を流用することが考えられます。これらはそもそもコンクリートひび割れ補修や樹脂ライニング用途に開発されたものですが、船の構造強度を増すためのフィレッティングには問題なく使えると思われますし、製品によって(たとえばコニシボンドの''E206''や''E205'')はファイバー・グラッシング用途にも利用可能なほど小さな粘度を持っています。どの製品を使用するにしても、個々にオープンタイム(ゲル化を始める前の作業可能時間)や硬化までの時間が(温度によって)異なりますので、あらかじめテストして時間配分の目安をつけ、使い慣れることが肝心かと思われます(エポキシの比較については別ページを参照してください)。
〇 必要な道具
CLCのキットに付属するマニュアルには必要な道具として以下のものが挙げられています。
- 合板を切り、整形するための工具:ローアングル・ブロックプレーン、ジグソー、ノコギリ、ドリル
- パネルを縫い合わせるための道具:プライヤー、ワイアーカッター
- エポキシ作業のための道具:エポキシ攪拌用カップ、エポキシ塗布用刷毛、ローラー
- 合板やエポキシ研磨のための道具:#60~#120のサンドペーパー、ランダムオービット・サンダーかパーム・サンダー(手で研磨も可能)、タッククロス(研磨粉を取るためのベタベタした布)
- 塗装のための道具:刷毛、ローラー
- 沢山のクランプ(少なくとも12個)
とまぁ、たいした道具は必要としません。切断、研磨、塗装作業は手道具でも可能ですが電動工具があれば楽はできます。私が使用しているものを挙げておくと、
- バンドソー、マルノコ、ジグソー
- 手ノコ
- 電動ドリル
- カンナ数種類(ローアングル・ブロックプレーン、小型カンナ、反りカンナ)
- プライヤー
- ワイアーカッター
- 使い捨て紙コップ、プラカップ
- 刷毛、ローラー
- 電動サンダー(ランダム・オービットサンダー、オービタルサンダー、ベルトサンダー)
- サンドペーパー
- (持ち手のついた)木工用と金工用ヤスリ
- CクランプとFクランプ
切断と言っても合板相手ですし、家具作りほどの精度を求められるわけではありませんから手ノコでいけないことはない。工具は買いだすときりがないから適当なところで我慢するのですが、船造りにおいてまずあった方が良いのはバンドソーでしょうか。長いリッピング(縦挽き)や曲線切りが求められますから。研磨は電動サンダーがあれば楽はできますが、パワーがありすぎるためむしろ注意が必要です。塗装も(プロなら)スプレーガンを使うところでしょうが刷毛とローラーなんとかなります。どうしてもあった方が良い電動工具としては電動サンダーでしょうか(手でのサンディングはさすがに疲れます)。