アーサー・ランサムの世界

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アーサー・ランサムの世界

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1997年12月から『すべてが始まった場所』として公開した
サイト(2005年頃閉鎖)の内容をここに改訂・再掲しています


12冊の物語

TO THE SIX FOR WHOM IT WAS WRITTEN IN EXCHANGE FOR A PAIR OF SLIPPERS*3

 アーサー・ランサム(Arthur Michell Ransome, 1884-1967)が残した12冊(サーガと呼ばれることも)の1作目『ツバメ号とアマゾン号(Swallows and Amazons)』は"スリッパのお返しに6人に"捧げられています。アルトゥニアン家の6人、アーネストドーラ夫妻、そしてタキスージーティティロジャの4人の子どもたち。ランサムが彼らと一緒に過ごした1928年という年がなかったらこのサーガはおそらく誕生せず、ランサムの作家としてのキャリアも違ったものになっていたことでしょう。ジャーナリストとして一層名を馳せたかも知れませんし、あるいは「少年と釣りと老いた教師」の物語が代表作になっていたかも知れません。
 でもあの1928年の夏と秋のおかげで、私たちは『ツバメ号とアマゾン号』に始まる12冊の物語を読むことができます。1929年3月24日にランサムはこの物語に取りかかり、3月29日には『せっせと物語を書いています(I am hammering at a story)』と母親に書き送っています*1
 12冊の物語誕生の背景をたずねて80年余を遡ってみます。

むかし北部の湖で

あの北部の湖,サーガ始まりの場所でのできごと

挿絵のこと

最初に挿絵を描いたのはランサムではありませんでした

ツバメ号とアマゾン号

物語作家への道を選んだランサムに思わぬ巡り会いが訪れます

書かれなかった2作目

続編は冬のブローズを舞台にしていましたが

ツバメの谷

船乗りが船を失う。2作目は陸の物語となりました

ピーター・ダック

書かれなかった続編は3作目として世に出ました

海へ出るつもりじゃなかった

フリッシンゲンの写真だけ

シロクマ号と謎の鳥

すべてを見ていたのはこの鳥

Coots in the North

未完の13作目。物語はブローズから始まります

実在の場所

We'll be grown up, and then we'll live here all the year round. ---Nancy*4

 ランサム(Arthur Ransome)は1884年英国Leedsに生まれ、子供時代、夏の休暇を湖水地方で過ごしました。大人になってからもたびたびここを訪れた彼は45歳の時、ある架空の湖を舞台にして物語を書きはじめました。それから生まれた12冊の物語、うち5冊がその湖を舞台としています。

わたしたちだって大人になるわ、そうしたら一年中ここに住むのよ

ツバメ号とアマゾン号」の終わり近く、休暇の最後の日にナンシーは言っています。大人になっても、子供時代に刷り込まれてしまったあの場所へ心はいつも帰っていきます。1958年改訂版の著者序文にランサム自身が書いているように*2・・・

世界中を旅してどこにいようと、私は夜空に北極星を捜したものだ。すると心の目であの最愛の山々の稜線を見ることができたのだ

その序文の中で、28年間に渡りランサムが秘してきたあの「北部の湖(The Lake in the North)」はコニストン湖(Coniston Water)であることが明かされました。

ランサムの部屋

「湖水地方生活産業博物館」には「Arthur Ransome Room」があります

蒸気船博物館

ここには物語に登場する屋形船,アマゾン号などが展示されています

コニストン湖

物語の舞台となった湖,点在する屋敷とそこに住んでいた人々

コニストンの休暇

ランサムや他の人々はどうやってコニストンへやって来て,どんな休暇を過ごしていたのか

パラダイス

P.S. When I come to Coniston, I'm going to catch a pike.

Furness Railway

コニストンへ観光客を運んだ今は無きファーネス鉄道について

観光客

北部工業地帯から大勢の観光客が湖水地方へ押し寄せました

もう一つの舞台

舞台となったノーフォーク・ブローズはこんなところ

実在の人々

sailing on Coniston, I had seen two girls playing on the lake-shore. *5

コリンウッド家

レインヘッド(The Lanehead)という名の屋敷はランサムの「第二の家庭」でした

ツバメ達

ウォーカー家の四人を生み出すきっかけを与えた家族は休暇をコニストンで過ごしていました

アマゾン達

コニストンで夏を過ごすもう一組の家族がいました

ホルト家

テント・ロッジ(The Tent Lodge)の住人ミス・ホルトのつけていた日記にはランサムも登場します

ランサムの船

But a real voyage at last.---Titty*6

 「釣り」と「帆走」、ランサムがこの二つに傾ける情熱は並々ならぬものがあります。生涯で最初の外洋帆船である「ラカンドラ(Racundra)」の航海はただ一つの航海記となって残っていますが、ウィンダミアに住んでいる間に書かれた物語も「ツバメ号(Swallow)」や「メイヴィス号(Mavis)」での帆走体験から生まれてきた航海記なのかも知れません。夜間航海、レースの様子、難船の場面、さらには氷上ヨットまで、その描写は実に細部におよんでいます(おかげで「帆走入門書」を読まないとなんのことやら分からない箇所もあるのですが・・・)。ブローズを舞台にした二つの作品、そして北海横断を描いた7作目にもランサム自身の経験がふんだんに盛り込まれているはずです。
 ランサムが20歳の時に出会った初代「ツバメ号」をはじめとして、物語に登場する様々な船をとり上げます。

帆走の日々

ランサムが帆走した船のかずかず

JamrachとSwallow

20歳のランサムが帆走を覚えた初代ツバメ号

SwallowとMavis

ツバメ号とアマゾン号のモデルとなった船

Cochy

スカラブ号のモデルとなったこの船は毛針の名前をもらいました

Racundra

ランサムの生涯で最初のクルーザーにして夢の船

Esperance

フリント船長の屋形船「巨象号」のモデルとなった船

Norfolk Wherries

ノーフォーク・ブローズでしか見られない,オドロキモモノキの貨物帆船

資料

 1997年8月31日に若い友人から「たきつけられて」取りかかったかつてのweb siteですが、実在の人物や背景について知れば知るほど、事実と物語をきちんと区別できなくなっている自分に気づいてその愚かさに苦笑することがあります。架空の湖を夢見ると言う点では子供の時の方がずっとまともでした。「ランサムという人がいて、こんな出来事があって、こうして物語がうまれたんだよ」と友人に語るようなつもりで書いています。

二つの世界の年表

参考文献

カラム文庫


*1 Brogan, Hugh.(1997) Signalling from Mars. Cape. p.163.
*2 Ransome, Arthur. (1958)Swallows and Amazons. Auther's Note. Cape.
*3 Ransome, Arthur.(1930) Swallows and Amazons. early editionの献辞 1958年以降の版ではこの献辞は削られている
*4 Ransome, Arthur.(1930) Swallows and Amazons. Cape. p.368.
*5 Ransome, Arthur. (1976) The Autobiography of Arthur Ransome. Cape. p.331
*6 Ransome, Arthur. (1937) We didn't mean to go to sea. Cape. p.151.

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