あんまり買い物をしなくなったし、若い時のようにデジタル・ガジェットを衝動買いすることもなくなった。でも2016年5月にKickstarterで資金集めが始まった「Nura Phone」の誘惑には勝てなかった。なぜって、このヘッドフォンはあなたの耳の特性を覚え、それに適したキャリブレーションをしてくれるって言うんですもん。ちなみにこのヘッドフォン、CES 2018 BEST OF INNOVATIONを獲得しています。
自分の聴覚特性に問題があることは自覚していた。歳のせいで高音域が聞こえなくなってる(少し前に自作スピーカーの周波数特性を測定するためにスウィープ信号を出してみたら10kHzなんて全然聞こえなかった)し、何より左耳が難聴でもう少しで補聴器という水準。これはひとえにロジャの責任で、夕食準備をしてるときにヤツが左側、耳のすぐそばでウォンウォンを吠えてたからだ。
そんなわけでいったい自分はどんな色のついた音を聞いているのだろうと気になっていたところへこうしたヘッドフォンが現れたというわけ。人の耳の構造には個人差があり、耳から入ってきた音波は外耳道の太さ、長さ、形状により増幅あるいは減衰して鼓膜に届く。だから耳に色んな周波数の信号音を入れ、その反射音を拾い個性的な耳の特性を把握すれば、補正(何を基準にするかはひとまず置いて)できるはず。今はDSPがあるからそんな補正は簡単に(ソフトでだって)可能だろう。
といういきさつがあり2016年5月にearly birdとしてこの生産資金調達プロジェクトをバック。当時の記録を見てみると目標$100,000に対して$1,803,988が集まりプロジェクト成功、バッカ―数は7,730(製品価格は$399、資金提供者には大幅な割引がある)。プロトタイプから量産品生産へ移りその発送が始まるのは2017年始めとのことだった。こうしたプロジェクトの常として、なにせ量産プロセスがゼロから始まるわけだから、商品発送が遅れることは覚悟の上。でもnews letterで逐一状況報告があったから気長に待っていたわけだが、生産上の問題で発送は半年遅れの2017年9月になりますと言われてから、やっと最終製品の発送が始まったのが2017年11月。USとEUへの発送が優先されアジア向けは最後になり、年が明けた2018年1月13日(私の誕生日)に香港から発送しましたとの連絡が来た。
デザインが少し変わり、発送前調査に答えた通りmicro USB、USB-C、USBケーブル、アナログ・ケーブルが同封されてFedexで届いたパッケージがこれです。
ドライバー・ユニットは二つあり一つを耳の穴に突っ込むタイプ。多分ほとんどの周波数域をこれでカバーしていて、さらにそこに測定用マイクがあるのだろう。BTやバッテリーなどが必要だから重量は重めかな。いつもインナーイヤ・ヘッドフォンを使っているので頭にかけて耳を外側から押さえられるのがちょっと鬱陶しい。
さて肝心の耳の音響特性とそのキャリブレーションについて。使用法など書いた紙は一枚も入っておらず、スマフォ用アプリをインストールし、すぐにオーストラリア(Nuraはオーストラリアが本拠地)のサーバーに繋ぐ。ログインするといよいよ個人の耳特性測定のプロセスへと進む。
まずキチンとヘッドフォンを装着しろと女性の声が言ってくる。こうしたヘッドフォンだから外来ノイズや密閉不良は厳禁、ちゃんと装着されているかのチェックトーンが流れ(その反射をマイクで拾っているのだろう、密閉度が低いと低音域がもれるから)画面に結果がフィードバックされる。私は左外耳道の角度と太さが右と違いなかなかインナーイアの部分がフィットしない(実はロジャも左耳に問題があり、よく汚れたものだ)のでこのチェックに最初は失敗。手で強く左パッドを押し付けてようやくチェックOK、「good job」と褒めてもらえた。まず2秒ほどのスウィープトーンが流れ、それから1分かけて短い広い周波数の音が連続して流れて測定終了。自分の耳のプロファイルを登録し、サンプル音楽が流れ「generic」と「personalized」を聞き比べてみろと言ってくる。
はい、その効果は誰でも直ぐに分かるようなものでした。聞こえを文字で表現するのは難しいけれどたとえて言うと、ステレオグラム(magic eye picture)という奥行き感が隠れた二次元画像がありますね、一見するとランダムで無意味なノイズに過ぎないけれど突然明瞭な奥行き感が見えてくる。あんな感じです。解像度が高いというか、曇りが取れてスッキリ透明と言ったらよいか、ホ~と言いたくなる聞こえ方でした。もっとも聞きなれた音と違って聞こえるとそれだけで人は好ましく感じるから差し引いて考えないとね。
親友の柏木さん(前にマホガニーのギター見せてくれた)はCDも出しているプロのアイリッシュ・ミュージシャンだけど、彼に貰ったCDの中の一曲、フィドルのソロが数分続きそこに柏木さんのギター(?)によるバッキングが絡んでくる。これまで彼のバッキングは左からギター一本と思っていたのだけれど、その直前に中央奥から別のバッキングが聞こえてきました。
面白い経験でした。果たしてキャリブレーションってどうやるべきものなのだろう。平坦な周波数特性が基準とは思えないから、個人差を収集してその平均的なのを基準とするのだろうか。サイトにはそこまでの説明がないけれど、私の特性はイメージとして見せてくれ、それが下の2枚の写真です。中央のグレー円が基準(?)、青が私の耳特性で12時から時計回りに高い周波数だそうな(数値についての記載はなし)。左写真は無理やりパッドを押し付けて測定したときのもの。右は装着に慣れて通常のリスニング状態でのもの。このヘッドフォンの構造ゆえに、装着状態が相当に補正に影響を及ぼしそうです。きっとうまくキャリブレーションできないとか、キャリブレーション後の音が変だとかいう苦情がでそうですね。
さてさて長々と書いてきましたが、耳特性の個人差を何を基準にしてキャリブレーションするのだろうな。そんな個性的な耳でこれまで聞いてきたのはいったい何なのか?そもそも(それぞれの特徴的な耳特性で)聞く人がいなければ音楽なんて存在しない、滝は見る人がいなければ存在しないように。なんて突っ込まないでくださいね。