挿絵のこと
挿絵の違い
12冊の作品にはすてきな挿絵が多数入っており、それが魅力の一つでもあるのでちょっと信じられないことですが、「ツバメ号とアマゾン号」が1930年に出版された時そこに挿絵はありませんでした。挿絵の違いによって初期の2作には次のような版(Cape版のみ)が存在します。
- Swallows and Amazons『ツバメ号とアマゾン号』
- First Edition in 1930
- Reissued with illustrations by Clifford Webb in 1931
- Reissued with illustrations by Arthur Ransomein 1938
- First and Only Cheap Edition in 1953(この年にだけ出た小ぶりの版,ダストカバーにスタンダード版の Spurrier による見開きの地図が使われている)
- New Edition with Author's Note in 1958(挿絵は同じだが,見開きの地図がことなっている)
- Swallowdale『ツバメの谷』
- First Edition in 1931 with illustrations by Clifford Webb
- Reissued with illustrations by Arthur Ransome in 1936
挿絵を拒否
シュプリエ(Steven Spurrier)が1作目の挿絵を描くことになっていたのですが、そのデッサンを見たランサムは気に入らず、ただ2枚だけ「湖の地図」と「ヤマネコ島の地図」を採用し、これらは扉絵として使われました。というわけで1930年に出た「ツバメ号とアマゾン号」の初版に挿絵はなかったわけです(このFirst Edition、めったにマーケットに出ることはなく大変希少なものだそうですが、挿絵がない版を手に入れたいとはあんまり思いませんね)。
ウェブの挿絵版「ツバメ号とアマゾン号」
次に出版社Capeから挿絵を依頼されたのはクリフォード・ウェブ(Clifford Webb, 1895-1972)で、彼は「ツバメ号とアマゾン号」のイラスト版および「ツバメの谷」の挿絵のスケッチのために湖水地方へやってきました。ランサムは1931年4月にウィンダミア湖で彼を「ツバメ号」に乗せBlake Holme(ヤマネコ島のモデルの一つ)へ連れていきました。また翌日には、ウェブを「メイヴィス号」乗せてコニストン湖を帆走しました。こうして「ツバメ号とアマゾン号」の挿絵付き版は1931年に、そして「ツバメの谷」は1931年に共にウェブの挿絵を添えられて世に出たのです。
ウェブの挿絵を評してランサムは次のように彼に書き送っています。(Brogan, Hugh. (1997) Signalling from Mars. Cape. p.192.)
I think they look very well indeed.
I very much liked the one with the lot of them pushing off the boat laden with wood.(14枚目の挿絵)
The night scene in the Amazons River. Magnificent.(19枚目の挿絵)
しかし、ドーラ・アルトゥニアンにはもっと辛辣な意見を書き送っていたようで、ドーラはウェブの絵を弁護して「あなたが考えているほどにはひどくない」と書いています。
挿絵を描く
ウェブの絵に不満があったランサムに出版社は再三自分で描くようにと促し、その結果ランサムは第3作「ピーター・ダック」から自分で挿絵を描くことになりました。若い頃のスケッチを見てもそのデッサン力は優れたものですが、本の挿絵となると思うようにはいかなかったようで、母親や出版社の友人への手紙の中でその出来についてこぼしています。
そうした彼の助けとなったのは、ティティ(Titty/Mavis Altounyan)やバーバラ・コリンウッド(Barbara Collingwood)でした。事物の細かな描写や人物の描写についてのバーバラの助言や下書きによって、ランサムは随分と助けられたようです。自分で挿絵を描き始めてしばらく、4作目「長い冬休み」と5作目「ツバメ号の伝書鳩」には「ナンシー・ブラケットの助力に感謝する」
I have to thank Miss Nancy Blackett for much earnest work on the illustrations of this book.
旨の謝辞が見られますが、これはおそらくティティとバーバラに向けられたものでしょう。
また挿絵に現実味をつけるためにランサムはモデルにポーズをとらせ、それを写真に撮って模写すると言う方法も採用しています。ウィンダミアのLow Ludderbernでの友人ケルザール大佐(Colonel Kelsall)の息子DickとDesmond、それにボウネスから来たPeggyとJoan Hudsonは実際に庭に作られたキャプスタンを押して(廻して)いますが、この写真は「ピーター・ダック」の229ページの口絵などに使われています。
二つの挿絵版
バーバラはランサムの腕に少々批判的だったようですし、ティティ(Titty/Mavis Altounyan)に言わせると、
ランサムは船の描き方は熟知していましたし、これについては誰も異論はないでしょう。彼は自分があまりうまくないと承知していましたが、でもベストは尽くしたのです。まあ、大変上手と言うわけではないけれど。(Interview with Mavis(Titty) Altounyan on the TV program "An Awfully Big Adventure", BBC2, 14 February 1998)
そう思って「ピーター・ダック」の挿絵を眺めてみると、船と船具のイラストが多いように思えます。またこの作品は「子供たちが創ったもので、挿絵も彼らの手になる」との設定ですから、多少絵の出来映えが悪くてもそれほど問題ではないとランサム自身書いています。ロジャが描いた(ことになっている)夜の場面(11章 p.147)には「まっくらでなんにも見えない」との但し書きが付いていますが、ランサム曰くこれを書くのはほんとに簡単だったとのこと。(Ransome, Arthur. (1976) The Autobiography of Arthur Ransome. Cape. p.344.)実際、ランサムの絵の冴えは人物や風景よりも、船の絵に現れているようです。船のことを熟知した人ならではの正確で緻密な描写は、人物が入ったシーンよりも遥かに出来がよいように見えます。そしてランサムのウェブの絵に対する批判は主にそこ、彼が帆船を正確に描いていないことにあったのではないでしょうか。
ウェブの絵では、ディンギーの全体のバランス(船体の長さや高さ、セイルの縦横比、乗組員の座る位置など)がディフォルメされてオモチャのように見え、ランサムの絵の写実的な正確さとは異なります。しかし、これは挿絵ですから写真のようである必要はないのでしょうし、さらにウェブの絵の持つ強く太い線と、白と黒のコントラストが生み出す陰影と立体感にはとても魅力があり、ランサムの絵よりも遥かにこの点では優れていると思えます。
webbによる「夜間航海」
illustration by Webb, C. from the copy of new illustrated edition, 1937.
ランサム自身はウェブの挿絵を評して「技巧に優れた良い絵だけれど物語を描いていない(not illustrate the stories)」から大嫌いだと言っていますが、ウェブはストーリーに忠実な場面を描いていますからこれは的外れのように思えます。ともかくランサムは第3作以降自信を得たのでしょう、全て自分でイラストを描くことにし、その結果1936年には自身の手になる挿絵を添えて「ツバメの谷」を再版し、また1938年には「ツバメ号とアマゾン号」も再版しました。さらに1958年のNew Edition出版の際には見開きの扉絵(湖の地図)も変わっています(このことは KMR さんから教えていただきました)。